58ブログ

こんにちは、ミィです。私は、第一子を出産後、産後3カ月でメンタルクリニックで「うつ病」と診断されました。

抗うつ剤と抗不安薬を服薬し始めたものの、効果が現れるのは2週間後。それまでの間に、私は自殺を決意し、首つりの練習などを試みるようになってしまいました。(前回記事:自殺を決意した話

自殺の話など読みたくないという方はここで読むのをやめてください。


産後103日、飛び込みに行く。

私は確実な方法で死ぬつもりでした。

「この状況は何をどうやっても解決しない。死ぬしかない。」

私は遺書を書きました。

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その日は、産後103日。日曜日でした。

私は産後2カ月から里帰りしていたのですが、土日は夫が実家に来てくれていました。

私は、この日までに絶対に死のうと心に決めていたのですが、気付いたらまだ生きているではないですか。

私は死ぬことに失敗したまま生き延びてしまっていたのでした。

私は、大ちゃんがお昼寝している時間を見計らって、私は家をそっと抜け出しました。

今でもよく覚えています。

田んぼ道を一人歩きながら、駅に向かったこと。駅までは3キロもありました。

聴覚過敏という症状で音が大きく聞こえるので、私の後ろから車が通り過ぎるたび、そのエンジン音に震え、まるで何かに襲われるような気がしました。

私は、駆り立てられるように、駅に向かって歩きました。自分がどこを歩いているのかもよく分からずに。

その道は私が小学生だった頃の通学路でした。体が道を覚えています。

「やっと死ねる・・・やっと終わりに出来る・・・。」

私にとっては、もしかしたら死ねるかもしれないという淡い期待が、喜びですらありました。半分は恐怖ですが、今生きている地獄よりは、一瞬怖い思いをする方がずっといいと思いました。

さて、踏切に着くと、ちょうど電車が来てしまいました。

カンカンカンという踏切の音。私にとっては爆音に聞こえるので、少し躊躇している間に、轟音とともに電車が通り過ぎ、私は本能的に「怖い!」と思いました。

人間、やはり死ぬのはとても怖いものです。


自殺は失敗に終わる。

田舎では、一度電車を逃してしまえば次の電車が来るまでに1時間かかります。

私は「また電車が来ないだろうか。」と、しばらくその辺をふらふら歩きましたが、なかなか次の電車が現れません。体の中から沸き起こる焦燥感に耐えきれず、その日は自殺を断念しました。

帰り道、私は小学校の前を通り過ぎました。

すると、そこでは小学生たちが野球の大会をしていました。その様子を見守る母親たちの姿が目に入りました。

私はふと思いました。

「大ちゃん(息子)も、大きくなったらこの子たちみたちに野球をやるようになるのかな。見てみたいな。」

私は、我が子が恐ろしく、二人でいることも出来なかったというのに、突然そんな気持ちがわき起こったのですから、不思議なものです。

それでも、家に帰るまでの道のりは長く、途中で雨が降ってきました。

帰りたくありませんでした。帰れば、大ちゃんがいる。育児がある。何の代わり映えもしない地獄が待っています。逃げられない牢獄に自ら戻りたくない。でも、他にどこも行き場所がない。

気づけば、3時間以上も外を歩いていました。

途中で母が傘をさして迎えに来てくれました。母の前髪の裏は白髪だらけで、「母も老いたなぁ・・・」と悲しくなりました。

母に心配をかけてしまう自分は、死んだ方がいい。

私は「死のうとしている」とは言えず、「夜眠れないから、たくさん散歩した。」と笑っていいわけをしたと思います。

誰も、私が本気で死のうとしているとは思わなかったでしょう。


産後うつで自殺した母親たちはきっと沢山いる。

産後数カ月で母子心中したというニュースはよく耳にします。

私は、そんなニュースを見るたびに「あれは、もしかしたら自分だったのかもしれない。」いつもそう思います。

2010年の産後うつで自殺した山本アナウンサーのニュース、覚えていますか?

彼女は、マンションから飛び降り自殺しました。

私は、当時のニュースを見たときは、「なんで幸せの絶頂で自殺するの?赤ちゃんが可哀想だなぁ。」と思っただけで、自分に関係のない話だと、興味もありませんでした。

でも、今は痛いほど、山本アナウンサーの気持ちが分かります。本当に痛いほど。

もし私が高層マンションに住んでいたら?私は飛び降りていたかもしれません。

山本アナウンサーのお兄様は、「すべてにおいて自信がないと言っていました。すべて自分でやっているのに、やれていないと言っていて、絶望感がつのっていた」とコメントしたそうです。

私には、そのコメントも、自分のことのように感じてしまうのです。

きっと、私の夫も、私が自殺したら同じことを言ったでしょう。

周りから見れば、私はすべて自分でやっているように見えたと思います。

でも、そうではありません。私は病気でした。産後うつの症状に苦しみ、極限状態で育児をしていました。死にたくて、死にたくて、目の前は絶望しかありませんでした。

山本アナウンサーが何を考え、何に苦しんでいたのかは分かりませんが、私は自分のことのように感じてしまうのです。

ニュースにもならない、産後うつで自殺してしまった母親たちがきっと、たくさんいる。私にはそう思えてなりません。


産後うつで自殺したいと考えてしまう人へ

産後うつで自殺したい人がもし、このブログを読んでいらっしゃるなら、私は伝えたいです。

あなたは死ぬ必要はない…と。


私が母親じゃない方がこの子のため?
この子は別の人に育ててもらった方がいい?
一生育児ができないかもしれない?
みんなに迷惑かけてる自分は死んだ方がいい?
うつは治るわけない?
母親をやめるには死ぬしかない?
自分が死ねばすべて丸く収まる?


全部、私が思っていたことです。それでも、私は死んでないし、生きて、うつも良くなり、子育ても楽しくできるようになり、我が子が可愛くてたまりません。

人生で一番失敗してよかったこと、それは自殺ですよ。

私の場合、服薬を始めてから6か月(産後9カ月)にはすべての症状は治まっています。

たまに眠れなくなったり、疲れやすかったり、頭の回転が遅くなったと感じることはありますが、日常生活に支障をきたすほどではありません。

大ちゃんは、生後1歳3カ月になりました。ニコニコ笑って明るくていい子です。抱っこするたびにほっぺにチューしてしまうほど可愛いです。

私は、大ちゃんの母親になれて、本当によかったと、今は心から言えます。

大ちゃんのことは保育園に通わせながら育てていますが、離乳食も、卒乳も、全部ちゃんとやりました。ちゃんと育児ができるようになりました。

大丈夫。うつは良くなります。育児ができなくて、みんなに迷惑をかけてしまうのは、一時的なこと。永遠に続くように感じてしまうかもしれないですが、ずっと続くわけではないんですよ。

ここに自殺をしようとしても、立ち直ってる人間がいます。

こんな日が来るなんて、想像も出来ませんでした。きっと、今辛い方は、「こんな風に言える日が来るの?」と半信半疑かもしれませんね。うつのときはいい想像は全くできませんから・・・

どうしても死にたいときは、よく眠れるお薬を飲んで、どうぞ何も考えずに眠ってください。


つづく。



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