⑬ 気付かれない産後うつ編

育児が修業なら、産後うつは拷問。産後うつに気付いて!

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こんにちは、ミィです。私は、第1子を出産後、重い産後うつ病を経験しました。

今回は、産後うつ病の苦しみを私なりに例えで説明してみたいと思います。

 

うつは首を吊られた奴隷の心境

先日とある映画を見ました。

「それでも夜は明ける」というアメリカの黒人奴隷制度を扱った重い映画です。


映画の中で、黒人奴隷が虐待を受けるシーンがありました。

奴隷は、農場で首を吊られてしまい、つま先だけが泥に着いている状態のまま半日ほど、必死に生き延びる、という惨いものでした。

首を吊られ、脂汗をかきながら半日も放置されるのですから、どれほど苦しかったでしょう?見ているのも辛いシーンでした。

私は、これを見て、うつで絶盤の中にいた自分自身のことを思い出してしまいました。

 
うつの絶望感は首に吊られた奴隷と似ていたのです。

苦しいときは時間の進むスピートが遅くなりますが、うつのときの時間の流れは、一日が一年のように…いえ、この1日が永遠に続くかのように長く感じました。

 

この一日をどれほどやり過ごしていけばいいのかと、絶望的な気持ちで布団に入る。

布団に入っても眠ることもできずに、家の中をうろついては朝を待ち、朝になるとまた苦悶の一日が始まる。その繰り返し。

家族は誰も分かってくれない、助けてくれないと感じていました。

 

(今思えば、人への不信感もうつの症状のひとつで、家族は何とか私を助けようとしてくれていたのだと思いますが…)

 

家族は3カ月もの間、私が産後うつ病であると気付かず、「死にたい」と訴えても本気にしてもらえず、私は深い孤独の中にいました。
どうやったら助かるのか、その方法がまったく分からず、どう考えてみても「死ぬこと」でしか解決しないと思えました。 

 

あぁ、何だか伝わらない。やはり言葉で伝えるのは難しいですね。世間的には、うつは「心の風邪」「誰でも落ち込むことはあるよ」と言われたり、軽く見られていますが、私が経験したうつは、そんなものではなく、筆舌に尽くしがたい苦痛でした。

これほどの苦痛がこの世にあったなんて想像すら出来いほどに。

育児が修行なら、産後うつは拷問

このブログを読んでくださっている方からは、「まるで修行僧」と言われたことがあります。 違うと思います。

産後うつ病は、「修行」ではなく「拷問」です。

育児は修行のようなものと言われますね。毎晩のように、夜泣きで起こされ睡眠時間が確保できなかったり、訳も分からず泣きわめく乳児の世話をしたり…

 

コントロール不能な赤ちゃんのお世話は、自分を鍛える修行のようなものですよね。

お母さんならみんな何のことはなくやっているように見えていましたが、いざ自分がやってみたときに「これほど大変なことだったのか!」と、驚きました。

そういった意味で、世の中のお母さんはみんな修行僧です。

ですが。

産後うつ病を患いながらの育児は、それとは次元が違います。拷問(うつ)を受けながら、育児(修行)をこなしているようなものです。

 

 

産後うつは病気。病気を治すことが第一!

何度でも申し上げたいのは、産後うつ病は、ただ育児が辛くて疲れているのとは違うということ。

「産後うつ」という言葉が広く使われるようになって、認知度が高くなるのと同時に、まるで育児が辛くて悩んでる人のような軽い意味で使われることが多くなっていると思います。

 

この記事では、治療が必要な病気だということを強調するため、あえて「産後うつ」という言葉を使わずに、「産後うつ病」と、「病」という言葉を使っています。

 

私は「みんなこんな拷問に耐えてるんだ!」と思い込んで我慢して育児を続けていましたが、そんなわけないですからね。
産後うつ病のお母さんは、育児にばかり目が言って、自分がうつであることに無自覚なことが多く、それが一番の問題なんです。産後うつのブログを書いている方で、なんと5年もの間、産後うつに気付かずに体調不良を我慢しながら育児を続けていたという方もいらっしゃいます。

あんな拷問をこれから出産する方には、味わってほしくない。本当に、本当に、そう思います。

もし、なってしまったら・・・

産後うつ病と育児の悩みとは一度切り離して、「病気を治す」ことを第一に考えるべき。

そのために、必要な医療にたどり着くことが、最も大切なことなんです。お母さんにとっても、赤ちゃんにとっても。