⑲ 寛解のその後

産後の恨みは一生もの?負のエネルギーが私にブログを書かせるのです。

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こんにちは、ミィです。私は、2014年に第一子を出産後、双極性障害を患いました。現在は寛解し、かわいい息子と優しい夫と幸せに暮らしています。

ところが、私の心の中には、大きな傷跡が残ってしまいました。これまでの記事では、あまりネガティブな話は書かないようにして来たつもりですが、今回は、心の負の部分について書いてみたいと思います。

未だ消えない産後の辛い記憶

もう鬱の辛い症状は消えました。大ちゃん(息子)のことも可愛いし、いっくん(夫)とも元通りの仲良しです。何もかもがうまくいっているはずなのに。

私の中では、心の傷が消えません。

心の中にはいつも、あの苦しかった日々のことがあります。負の記憶は、ドロドロとした「恨み」になって、心の底に溜まっているかのよう。

いろいろなことが、私の中ではトラウマになってしまいました。

助産師や精神科医の言葉、信頼していた家族の言葉、どうしてもっと早く気付いて治療を始めることができなかったのかという悔しさ。

嫌な記憶を、毎晩のように寝る前に布団の中で思いだします。いっくんのことを何度となく責め、泣きました。

私の中では、産後の体験は、今でも忘れることができない、辛い辛い記憶です

産院の地獄の日々が忘れられない

産院での入院生活は忘れられません。

出産したその夜、私は一睡もすることができませんでした。

翌日から始まった授乳指導。3時間おきに寝ている大ちゃんを叩き起こし、ギャンギャン泣いているところを授乳室へ連れて行き、母乳を与え、体重を記録しなければなりませんでした。

朝の6時、9時、12時、15時、18時、21時、0時、3時・・・元に戻る。

このサイクルが一週間繰り返されます。私の体は出産の疲れでボロボロだったというのに、疲れた体に鞭打って、必死に母乳を吸わせました。

この頃から不眠でほとんど眠ることができなかったのに、運よく眠ることが出来ても、助産師さんが部屋に入ってきて、「授乳の時間よ」と起こされてしまいました。

母乳をうまく吸わせることができず、助産師さんに「うまく吸ってくれません。」と言うと、「そんなはずないよ!」とキツめの口調で言われ、昼も夜も「とにかくたくさん吸わせて!」と鬼コーチのように何度も言われました。

大ちゃんは私が抱っこしただけで泣いて暴れる。おむつ替えもうまくできずにシーツをウンチまみれにしてしまう。母乳を与えるのも下手くそ。

「みんな上手にやってるのに、どうして私はできないの?ごめんなさい。」

深夜、産院に置いてある、お母さん達が出産体験を記入するノートに、「迷惑をかけてばかりで、申し訳ありません。これから頑張ります。」というようなことを書き残しました。

どうして私は「辛い。休みたい。」と言えなかったのか。

出産で疲れて、体はボロボロなのに、新生児と24時間一緒、3時間おきに寝た子を無理やり起こして母乳を吸わせるなんて。

そんなこと、本当にやらなければいけなかったんでしょうか。

助産師と精神科医に助けてほしかった

私は、新生児期、何度か助産師外来に行きました。

母乳育児も軌道に乗っていませんでしたし、何が辛いのかも分からず、助けを求めて行ったんです。

助産師さんは、「母乳は出てるから大丈夫。」「この頃は、眠れなくて当たり前よ。2時間グッと眠れれば大丈夫。」「1歳までは眠れないんだから。」と、言うのです。

その言葉に、私は打ちのめされました。

産後1カ月頃に、決死の覚悟で行ったメンタルクリニックでは、女医さんに厳しい言葉を浴びせられました。

「あなたのうつ状態はそれほどじゃない。不安が強いだけのように見える。女にとって、出産、育児というのは、死ぬより辛いことよ。あなたは、育児が苦手なだけよ。」

私は、自分の鬱の症状をうまく説明することができなかったんですね。

たとえば、「聴覚過敏」という症状があり、赤ちゃんの泣き声が異常にうるさく感じていたのですが、「赤ちゃんの泣き声がうるさいです。」としか訴えることができず、「泣き声が大きな赤ちゃんなのね。」と言われてしまいました。

本来なら、一緒に来てくれた母が「娘は毎日眠れないんです。音がうるさいとか言って、様子がおかしいんです。」とでも言ってくれればよかったものを、母は逆のことを言いました。

「娘は普通にちゃんとやってるんです!」

私の病気は見抜いてもらえず、お薬の処方もなく、再診もなし。

医師から鬱を発見してもらえなかったことで、家族も「医者がそれほどじゃないと言ってるんだから、大丈夫なんだろう。」と思ってしまいました。

私自身も、「もっと頑張らないと。」と自分を追い込むようになりました。

私は、このことが本当に悔しい。なぜ、気づいてもらえなかったのか。私が悪かったのか。悔しくてなりません。

 

夫に気付いて欲しかった

いっくんも、私がどれだけ苦しんでいるのか、全く分からなかったようです。

私が、「大ちゃんが怖い。二人でいると気がおかしくなる。もう出来ない。」と訴えても、ちょっと弱気になっているだけだと思ったみたいです。

「ミィはちゃんと出来ているよ。母親ならみんなやってることだよ。母親としての覚悟が足りないね。」

こんな言葉を言われ、私は、「この人には何を言っても分かってもらえないんだ。」と、猜疑心を強めて行きました。

「離婚して、この子を育てて欲しい。」と言っても、本気にしてもらえない。

「頭が重い。信じられないほど重い。」と言っても、「疲れているんだから休みなよ。」と言われるだけ。

「死にたい。私が死ぬのを手伝って欲しい。」と言っても、「切腹したら、介錯くらいしてやるよ。」と冗談で返され、私の深刻な訴えが全く伝わりませんでした。

私は、いっくんが、私の言っていることを聞き流しているように感じました。

鬱になると、被害妄想と猜疑心が強まると聞いたことがあります。

今思えば、私は、鬱のせいで夫ですらも信用できなくなって出来なくなってしまって、すべて悪いようにと解釈したのだと思います。

それでもやはり、もっと私の話を聞いて欲しかった。もっと早く気付いて欲しかったという思いが消えません。

もっと早く受診していれば!

私の母が、ますます事態をひどくしました。

なぜなら、母は精神的な病気に偏見があり、「向精神薬は絶対に飲むな。」という考えだったからです。

産後すぐから「眠れない」と訴える私に、「私なんて、3か月間一睡もしないでミィを育てたんだよ。お母さんはみんなそう。眠れなくて当たり前!」と言いました。

最初は、「一ヶ月だけ頑張ってみたら、何かが見えるはずだから。」

「あと、一ヶ月頑張って。」

「赤ん坊が4カ月になれば、眠れるようになるんだから、それまでの辛抱。」
 
辛抱して頑張り続ければいつか自然に良くなると言い続けました。

それが一番の誤りだったというのに。

いつまで経っても、一向に良くならないどころか、症状が悪化していくので、「また精神科に行こうか。」と相談するも、「精神科に行くの?じゃあ、ミィ、薬飲むの?」と詰め寄られ、有りもしない恐ろしい話を聞かされました。

「この前自殺した○○さんは、抗うつ剤を飲んで、最後はしゃべることも出来なくなって自殺しちゃったんだよ。」

「一度でも、精神科の薬を飲んだら、一生飲み続けて、一生病気が治らなくなるんだよ。」

「金儲けの医者だっているし、医者は神様じゃないんだから。うつ病でもないのに、うつ病にさせられちゃうよ。」

こんなことを、何度も聞かされ続け、私は、怖くて再び受診することが出来なくなりました。

「精神科のお薬を飲んだら、おかしくなって、ますます育児が出来なくなるに違いない。」と思ってしまったんです。

母は、私のことをうつ病であるはずがないと思いたかったようです。

保健師が訪問に来てくれたときも、言われたことを全く聞き入れませんでした。

「病院で睡眠薬をもらって、夜は眠った方がいいですよ。誰かに夜の授乳を代わってもらえない?」と言われても、「私はこれ以上やったら死んじゃいますよ!」と断固拒否。

保健師が帰った後も、「医者でもあるまいし!私は変な奴だって思われてもいい!負けないよ!」と怒っていました。

「私は、腰が悪いから、赤ん坊を抱っこ出来ない。もっと頑張る姿勢を見せて。」と言って、腰痛の診断書を見せられました。

しかも、私と二人きりのときにしかこういうことを言わないので、夫や父は、まさか母がこんなことを言っているとは思わなかったんです。

私も、母を信頼していたので、言われていることを信じ、我慢して頑張り続けていました。

母も、悪気はなかったことは分かります。私のためを思って言っていたのでしょう。

でも、母が偏った考えを持っていなかったなら、毎日「眠れない」 「死にたい」と訴え続ける娘のことを、もっと早く病院に行くように言ったはず。

私はもっと早く助かっていたはず。何だったんだ、あの我慢し続けた100日間は。

そう思ってしまいます。

 

私の中では、終わってないんですよね

私は、元気で幸せそうな産後ママが、心底うらやましい。

本来なら、私もそうなっているはずだったのに。

私だって、他の母親と同じで、10カ月間お腹の中で子どもを育て、命だけで産みました。何も悪いことはしてません。

なんで私ばかり、病気になって苦しい思いをしなければならなかったのか。

もちろん、そんなことは考えても仕方のないことです。

理由がなくても病気にはなる。誰も悪くない。仕方のないこと。今幸せなんだから、過去のことなんかいいじゃない。

合理的に考えればそう思います。

でも、感情的な部分では、そう割りきることが出来ません。悔しい気持が溢れてきます。

毎日のように、思います。「私の中では、まだ終わっていない」と。

その悔しい気持がエネルギーとなり、私は、この1年間ブログを書き続けてきました。

自分の体験は、書き切ったつもりですが、まだまだ、書きたいこと、伝えたいことがあります。

どうやら私の負のエネルギーは、未だ燃え続けているようなので、これからもブログは続けたいと思っています。

つづく。

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